このような「現在の自分の状態は無意識を含めた心全体を反映したものである」と考えたのが、スイスの心理学者カール・ユングです。人間は大なり小なり、何かしら悩みを抱えているもの。アメリカでは心の調子を整えるためにカウンセリングを受けることが浸透していますが、日本ではうつ病などの精神疾患の治療するためにカウンセリングを受けるといったイメージがあるかもしれません。
しかし心が大きく落ち込んでしまう段階まで我慢してしまうと、そのダメージが多ければ多いほど、心を整えるまでの時間や労力が掛かってしまいます
身だしなみを整えるために定期的に美容院に行くような感覚で、気軽に心のケアを始めてみたい。そんな人におすすめなのが夢分析です。今回の記事では、公認心理師・臨床心理士の小木曽由佳さんに聞いた夢分析にまつわる情報を紹介します。前編の記事では、「夢分析とは何か」や「夢分析をすることで、どんなことが知れるのか」を伺い、後編では、筆者が最近見た夢をゆるく分析してもらった様子をレポートします
夢には自分の中に眠ってる感情が反映されている
自分が見た夢が気になることって、誰しも一度はあると思うんですが、自分の夢とどうやって向き合えばいいのか知らない人って私も含めて多いと思うんですよね。
私が最近見た夢を振り返ると、寝る直前に考えていたことが夢にも出てきていることが多くて。現実で見たことが夢にも出てくることって、一般的によくあることなのでしょうか?
基本的に夢で見る内容は、自分の心の中にある素材を使って表現されていて、体験や感情を元にしていたり、今は忘れてしまったりしているような小さい時の記憶などが夢に出てきたりすることも。
心の奥底には、自分が目にしたものなどがいっぱい沈んでいて。他には、ユングは、自分自身では見聞きしたことのない人類共通の情報も人間の奥の奥には沈んでいると考えていて、それを集合的無意識という言葉で表現しています。夢の内容は、それらを利用して作られているって感じなのかなって
なるほど。自分の中に眠っていたり、現在の自分が意識していないような次元のことだったりが夢の材料になるんですね。
たまに小学生の時に好きだった同級生が夢に出てきて、『もう、すっかり忘れているのに、なんで今、夢に出てくるんだろう』って思うことがありますね。他にも、昔、お世話になった人とかが急に夢に出てきて、起きた瞬間に『あの時、こんな気持ちだったなあ』って考えることもありますね
その『どうして今このタイミングで〜』みたいなのが結構重要なのかなと思っていて。夢の内容も大事なポイントなんですが、『今、自分がこれを見る意味』みたいことに目を向けるのも必要だと思うんです
そうなんですね!臨床の現場で行う夢分析では『なぜ自分がこのタイミングで夢に昔好きだった同級生が出てきたんだろう』って意味を探っていくのですね
普段は、その小学生の時好きだった人のことは意識しないんですよね
はい。もう本当にすっかり忘れています
心理学では、人間の心の中には、普段『私』だと認識している以上の部分が存在するという考え方があります
面白いですね。自分の中に息を潜めている自分がいるみたいな感じがします
例えば夢の中には、自分のどこかに眠っている感情が現れてくることもあります。今、忘れていることは、実は自分の中で『無意識』の領域に追いやっているものなのかもしれません。日常生活をうまく回すためには、必要なことでもありますね
昔、抱いていた感情に蓋をしないと、今を生きるのが難しいというのは、分かる気がします。でも、自分ではもう忘れてると思っていることであっても、自分の中で眠り続けている可能性があるのですね。その蓋が外れて夢として現れてきたのなら、もしかして今の私に何かを言いたいのかもしれないと思えてきました
夢分析と夢占いの違いとは?
私は気になる夢を見ると、ついついGoogleでその内容と関連するキーワードを検索していて
なるほど。夢のキーワードを取り出して意味付ける夢占いなどでは、『どうして今、私がこの夢を見ているのか」ということよりは、『こういう夢は一般的にはどんな意味なんだろう』という感じだと思います。そういう意味で、心理士が行う夢分析は、もっと相談者の方に個別的なものですね
自分が見た夢の内容が気になりつつも、それを分析することによって自分の癖や悩みを解決する糸口になるとは、あまり思っていませんでした。ちょっとエンタメ的な感覚で夢の意味を知りたいなあという感じだったといいますか
夢占いの結果を見て、『なるほど』と思ったり、モチーフの意味を知ったりとその夢について考えたりすることだけでもとても意味があると思うんですね。
ただ、それを深めてみるのは、自分だけの力では難しいかもしれません。自分の意識がすでに知っていて、理解できること、言ってみれば都合のいい部分だけをピックアップしてしまうこともありえますから
なるほど。自分が見た夢を分析することで、普段だったら言葉にならないような感覚とか、はっきり意識すると自分が傷ついてしまうことを知るきっかけになるのですね
無意識に目を向けることで、自分の偏りを知る
スイスの精神科医で心理学者のカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)という人がいます。ユングの他にも、無意識にアプローチする心理学はありますが、 私が大学院で主に学んだのはユング派の方法でした
そうだったんですね。夢分析はカウンセリングする一つの手法なのですか?
はい。カウンセリングとしてお話を聞く中で、『昨日こんな夢を見たんですが』という話が出ることもあれば、気になる夢があったらその夢を記録したメモを持ってきていただいたりすることも。ユングは無意識をベースにした心理学の人で、無意識へのアプローチの一つの方法が夢を分析することです。箱庭療法なんて聞いたことはありますか?
名前は聞いたことがあります。箱の中に人形とか木とかを並べていくようなイメージです
そうですね。決まったサイズの箱に砂を敷き詰めてあって、そこにアイテムを置いていくことで、その人が普段意識していない無意識的な部分が現れてきたり、また置くことだけでも癒しにつながったりするような方法です。無意識へアプローチする他の方法として、絵を描いてもらうこともあります
なるほど。特に日本人は、自分の話をするのが苦手な人も多いかもしれないので箱庭や絵画を描く手法でカウンセリングしてもらうのは、合っているのかもしれないと思いました。いろんな方法によって、自分の無意識を知るきっかけを得るのですね
心理学といっても広くて、意識や行動、感情など、自分で自覚できる部分に注目する考え方もあります。
これに対して、自分では自覚できない無意識の部分に注目する心理学の分野が深層心理学です。
この中に精神分析やユングの心理学があります。大きな枠組みでいうと深層心理学では普段、私たちが〝私は〟という、その〝私〟なんていうのは実は ほんの大きな心の一部にすぎないと考えています
なるほど
無意識の領域の考え方には細かい違いがあってフロイトよりもユングのほうが大きいんですよ。フロイトにとっての無意識は、あくまでも個人的なもので、簡単に言えば、普段の“私”にとって都合の悪いものを押し込んでいる領域を意味します。例えば、何かを言い間違えてしまうことってありますよね。
『じゃあ、 何でこんな風に言い間違えたのか?』というのを分析していくと、それは、無意識のほうに追いやってたものが、ぽっと出てきているんだと考えるわけです
確かに。言い間違えようと思って、言い間違える人はいないので、まさに無意識から発せられた言葉なのかもしれないです
それに対してユングは、無意識の領域は、自分の気持ちを押し込んだ部分だけでなく、時代も場所も超えて、もっともっと広がっていると考えていて。しかし、いずれにしても、自分の心を理解するためには、普段自覚できていない無意識の領域にまで目を向ける必要があると、深層心理学では考えています。
面白いですね! 自分の無意識を知ると、人間にとってどんな影響があるのでしょうか?
どんな人にも自我には偏りがあるじゃないですか。無意識に目を向けることで、自分の生きてこなかった側面を知る。そして、足りないものを補ったり、欠けているものに向き合ったりして、人生全体を通じてバランスを良くしていくことを目指そうとするのがユング心理学の考え方です。
例えば、男性が女性性に、女性が男性性に向き合ったり、嫌いな人物を通して自分自身の影のような部分に出会ったりということもあります
小木曽さん「 偏っているなんていうのは、普段はどうしても気がつくことのできない部分なので、夢というのは無意識の部分を知るための通路として、とても有効ですね